毎年、梅雨明けした今頃になると、職場の仲間たちは私に本音を語り始める。
「ホントは情報部門には来たくなかった」--これは、今年度異動してきた若手職員の言葉だ。「運悪く情報システム担当になってしまった」--こちらはある部署に配属された職員の声である。人事異動は公務員の宿命と言えど、どうも情報システムに関わる担当は配属先として魅力に欠けるようだ。
「そう? この仕事面白いよ?」と私が返すと、決まって「それは川口さんが専門家だからです。私たち、情報システムは解らないんです。前任者から引き継ぎされても、どうしていいのか困ってるんです」と悲しそうな顔をする。
情報システムの引き継ぎと人材育成・確保の問題
確かに情報システムに関わる担当の引き継ぎは難しい。引き継ぎしても、いくらかの知の欠落は生じる。その結果、組織全体の知の総量は減少する。これを一年かけて回復させるものの簡単には戻らない。一方、自治体に求められる業務領域は広がり、情報システムはその対応を求められる。
このような背景から、人材の育成と確保は情報部門の昔からのテーマである。人材育成は、資格試験の受験奨励や内外の研修会への参加などが一般的だろう。ただこの取り組みは即効性に欠ける。
人材確保では、情報技術の教育を受けた者を特別な採用枠として確保したり、民間企業にいた人を社会人経験枠として中途採用するなどの取り組みをする自治体がある。また、情報部門の人事を固定し、長く在籍させる自治体もある。
しかしこの取り組みにも課題がある。特定の人材に依存することで人事が硬直化すること、さらに情報技術の進歩に追随させずに組織の中で飼い殺しにし、本人のキャリアパスを壊してしまうリスクがあることだ。情報システム側から見れば、その人材が扱える技術の範囲まででシステムの進歩が止まってしまい、投資対効果の低下やセキュリティリスクの増大につながることが懸念される。
やはり安易に属人的な解決を目指すのではなく、組織として知を保持し、継承していかなければならないのだ。
引き継ぎが成功しているケース
ところが情報部門の外に目を向けると、前任者からの引き継ぎが成功しているケースもあるのだ。例えば、事務職員が詳細な作業手順書を作成している場合。この作業手順書は後任の職員が迷うことなく行動できることを目的として作成され、業務の背景や意図を意識せずとも、一定の作業ができるようになっている。
もう一つは、管理職同士が事務引き継ぎを行う場合である。直接引き継いでいるのは、仕掛中の案件の状況だけ。それでもうまく行くのは、組織内外の基本的な事務の流れは業務領域が違っても共通していること、自分が携わる業務領域の位置づけはこれまでの決裁文書や職務分掌を見れば理解できることを知っているからである。不明な点はその度に部下から説明を受ければ十分なのだ。
つまり形式知が確実に伝達されるか、暗黙知が共有されている場合の引き継ぎは成功しやすい。この事実を情報部門で応用するために、私は関与する自治体において知の継承に関する取り組みを進めている。
3つの異なる知識
ここで前述した「情報システムはよく解らない」という発言を思い出してみよう。果たして、解っていないのは「情報システム」なのだろうか? その答えは「NO」である。ここには3つの異なる知識が含まれているのだ。
ひとつは「情報技術そのもの」。コンピュータやネットワーク、ソフトウェアに関する知識である。全くの未経験者ならば、ある程度の教育を受けるべきもので、さらに技術動向の移り変わりも早いため継続的に学習する姿勢が求められる。この知識は内外の人材を頼るべきだろう。
もうひとつは「庁内外の事務手続」である。予算事務、契約事務、委託管理など、行政職員が当然身に着けておくべき知識である。行政の仕事は職員自らが手足を動かして遂行するには限界があり、外部の事業者に委託する場面が多い。事務手続ができない職員では困るのだ。
そこで組織全体でこれらの知識の底上げをするために、事務の標準化を行うとともに作業レベルで行動を促すためのマニュアルを整備し運用させている。この詳細については次回以降に紹介しよう。
そして最後は「担当する業務そのもの」である。行政事務の多くは法令に基づくため、根拠法令を理解し、事務手続の流れとして理解できることを意味する。ところがこのような庁内教育を行っているところは、まだまだ少ない。そのため「行政事務≒システム操作+窓口対応」という程度の認識のまま現場に投入されている職員がいるのも事実である。
お気づきだろうか。「事務手続」や「業務に関する法令」は情報システムではない。これらの知識不足、能力不足を情報システムに責任転嫁している限り問題は解決されない。
3つの知識は同じ手段で継承するものではない。ましてや情報システム以前の問題は、庁内全体で解決すべきものだ。一刻も早く「情報システムは解らない」という呪縛から抜けだして欲しい。